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エナジードリンク、レッドブルは日本の栄養ドリンクから生まれた。

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レッドブルは日本の栄養ドリンクが始まり?

空のF1レエースともいわれるレッドブル・エアレースで室屋義秀さんが日本人で初めて優勝しました。
それも、日本の千葉幕張で行われたレースでの優勝です。

いうならば、F1の鈴鹿サーキットで日本人ドライバーが優勝したようなものですね。

レッドブルは車のF1にもレッドブルレーシングというチームを持っています。

日本でも販売されているエナジードリンク、レッドブル。

この商品が生まれるきっかけは、日本の栄養ドリンクだったということを知っていましたか。

ヘルスケア商品の営業マンだった創業者

レッドブルをつくったのは1944年生まれのディートリッヒ・マテシッツというオーストリア人。

タイの起業家タイの起業家チャリアオ・ユーウィッタヤー、チャルーム・ユーウィッタヤー親子と共同でレッドブル社を立ち上げています。

レッドブルはアメリカの会社ではなく、オーストリアの会社なんですよ。

1984年、当時40歳だったディートリッヒ・マテシッツ氏はドイツのヘルスケアブランドのブレンダックス社で海外営業をしていたときの頃です。

この人、この会社で働く前は、日本でもおなじみのユニリーバ社で働いています。

ラックスとかビオレで有名な会社ですね。

彼の仕事は、歯磨き粉やシャンプーなどを世界中の小売店に売り歩く営業。

退屈な仕事を繰り返しに、俺は10年後も同じことをやっているんだろうかと、ふと考えたりしたこともあったようです。

仕事に飽きていたし、自分の未来に夢をもてずにもんもんとしていたんでしょうね。

そんな日々の中でチャンスの芽を見つけます。

 

タイのホテルの新聞記事が始めの一歩

出張で訪れていたタイのホテルでのこと。

新聞に日本で生まれた栄養ドリンクがアジアで大いに売れ、すごい利益を上げているという記事を見かけます。

マテシッツは出張先で、記事に書かれている日本の栄養ドリンクを飲んだことがあったんですね。

ヨーロッパやアメリカにはない味のことを覚えていました。

時差ボケに効くからと勧められたことも。

その時には、この変わった味の飲み物が大きなビジネスになるとは考えもしなかったようです。

自分がやってきたこととは、全く畑違いのものだったということもあるでしょうね。

それが、タイのホテルに置いてあった新聞の記事を読み、なにかが自分の中に降りてきたんです。

 

「そうだ、ヨーロッパ向けの栄養ドリンクを作ろう」

早速、マテシッツ氏は行動します。

タイで歯磨き粉を製造、栄養ドリンクの販売もしていたタイ人の実業家と共同で会社を立ち上げます。

そうして生まれたのがレッドブル。

早速、自国のオーストリアとスロベニアで販売を始めます。

今では世界中で愛飲されるドリンクになっています。

その驚くべき成長には、味もさることながら、マーケティングがうまさがあるようです。

ポカリスウェットなどのスポーツドリンクでもなくコーラなどの炭酸飲料でもない。

エナジードリンクというキーワードをつくり、いままでになかった新しい飲み物というイメージを消費者に印象づける販売戦略。

レッドブルというネーミングや缶のデザインやカラーリングに、それが見て取れますよね。

いかにも、体に効きそうという感じがします。

10億ドルを自力で稼いだ人は何を考え、どう行動し、誰と仕事をしているのか

 

レッドブルはコカコーラになれるか

今や、単なる飲料水メーカーの枠をはるかに超え、さまざまなスポーツの大会を主催、それらのスポーツ番組を配信するメディア企業に成長しています。

日本の栄養ドリンクからヒントを得て作られた1本の飲料水からスタートした巨大企業が主催するエアレースで日本人が優勝する。

何故、日本の栄養ドリンクメーカーにこれができなかったのか。

それが、すこしだけ悔しい。

ちなみに、マテシッツさんが飲んだという栄養ドリンクはなんだろう。

○○Cかな。

それとも、○○Dかな。

う〜ん、気になる。

  参考引用文献

PwC公式調査でわかった10億ドルを自力で稼いだ人は何を考え、どう行動し、誰と仕事をしているのか

008~010ページ

著者 ジョン・スヴィオクラ+ミッチ・コーエン

出版 ダイヤモンド社

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