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レスターが初優勝、チームのダイナモ、岡崎慎司が内に備えているもの。

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岡崎慎司が所属するプレミアリーグのクラブ、レスターが初優勝

マンチェスター・U、チェルシー、アーセナル、マンチェ スター・C、ブラックバーンについで、レスターは6番目の優勝クラブです。

レスターが創設されたのは、132年前。

以来、優勝などかなわぬ夢と思っていたレスターファンの中には、これは夢ではないのかと頬をつねった人も多くいたのではないでしょうか。

日本の明治時代に設立されたサッカーチームがあるというのも驚きですが、そのチームの記念すべき初優勝の瞬間、そのチームに日本人がいるということがすごい。

レスターが優勝するかどうか賭けのオッズは5、000倍の確率でしたが、日本人がその優勝に関わるという確率は5、000、000倍以上じゃないでしょうか。

それぐらい、岡崎選手がそこにいたというのはすごいこと。

岡崎選手みずからがたぐりよせたこと

でも、それは岡崎自身がたぐり寄せ、つかみとった栄冠といってもいいかもしれません。

去年、ドイツのブンデスリーガからプレミアリーグのレスターに移籍。

このチーム、毎年プレミアの1部リーグに残れるかどうかが話題になっている弱小チーム。

岡崎選手は、この弱小チームの戦力アップのてこ入れとして、移籍金11億で加入。

レスターのこの判断が見事に的中。

決して手を抜かない岡崎選手の全力プレーがチームを活性化させたことが、奇跡の優勝の一番の要因だったといえるのではないでしょうか。

 

優勝報告電話の相手は?

優勝の瞬間、チームメイトと喜びを分かち合ったその15分後に滝川第二高校時代からの親友に電話をかけています。

「優勝決まった」

「良かった」

「また、折り返し電話する」

これだけの短い会話ですが、わざわざ高校時代の友人にかけるって素敵じゃないですか。

こんなところに、岡崎選手という人間の人柄がでていますよね。

 

親友が語る高校時代の岡崎

親友が語るには、岡崎選手は高校の時から今のプレイスタイルは変わらず、攻撃に守備にと走り回っていたということです。

2002年の日韓ワールドカップの時、監督が観戦チケットを用意してくれたのに、岡崎選手は「おれ、行かない。いいわ」と試合観戦には行かず。

その時、親友が「え、何で」と聞くと、「自分はワールドカップにでるから」という返事。

自分は観戦する側ではなく、ピッチに立つ側の人間になる。

その言葉どおり日本代表に選ばれ、いまでは代表チームに欠かすことのできないフォワードとして活躍しています。

同じ日本代表の本田選手が小学校の文集に書いた、将来はセリエAで活躍するという文章を思いだしましたよ。

ブレることなく、自分が追い求めるものへ自分を信じて突き進む気持ちの強さ。

どんな分野でも、何かを成し遂げる人に共通する個性ではないでしょうか。

 

Jリーガーに

2005年に清水エスパルスにフォワード8番手候補として入団。

そこから、持ち前の頑張りで2007年に初ゴール。

そのゴールを、小学校の頃から得意だったというダイビングヘッドシュートで決めています。

3月に行われれたロシアワールドカップ最終予選のシリア戦は、岡崎選手にとって代表試合100回めの出場となる記念すべき試合。

監督、チームメイトの粋な計らいで、キャップテンマークを左腕に巻いた岡崎選手はいつもと変わらぬプレイで勝利に貢献。

試合後には胴上げされていました。

 

まとめ

岡崎選手が自身の本のなかに書いたこと。

自分は足が遅いというハンデがある。

人と同じようにプレイしていたら、同じ位置に立てない。

たとえ、無様でも全力で追い回す。

それを続けてきたから、今の岡崎慎司がいる。

これからは、ワールドカップ出場を目指し、大きなケガだけに注意してくださいね。

2年後には、ロシアワールドカップが待っています。

予選突破、夢のベスト8、さらにはベスト4進出も、岡崎選手の活躍によって夢で終わらないかもしれませんから。

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