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落合シェフが語るイタリア料理の事始め

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日本に本場イタリアの味が広まったイタリア料理黎明期の話です。

 

今は日本が誇るイタリア料理の巨匠としてだれもが知る落合シェフ。

もともとはフランス料理のシェフでした。

まだ若かりし頃、フランスで料理の腕を磨いた落合シェフは帰国の途中、イタリアに立ち寄ります。

そこで食べたイタリア料理には心ひかれるものがありました。

帰国した落合シェフは思うところがあり、当時務めていたレストランのオーナー桂洋二郎さんに相談。

オーナーの後押しでイタリアに旅立ちました。

2年数ヶ月の間、修業を積み日本にもどってきます。

落合シェフの帰国と時をおなじに、桂さんは日本初の本場イタリア料理の専門店「グラナーダ」をオープンします。

落合シェフは料理長に就任しました。

当時は日本に本格イタリア料理を提供する店がなかった時代です。

東京赤坂という立地と物珍しさもあり、オープン当初の2日間は満席状態でした。

順調な滑り出しに思われましたが、突然まったく客が入らなくなります。

ぱったりと客足が途絶え、店は開店休業状態。

なぜ、客が入らないんだ。自分の料理がまずいのだろうか。

落合シェフはすっかり自信をなくします。

このままではいけないと客の声に耳を傾けると、予想もしなかった不満が聞こえてきました。

「ここのスパゲッティは茹で方が足りないから芯が残っていて硬い」

当時はアルデンテという言葉すらなかった時代です。

パスタではなくスパゲッティ。

スパゲッティといえば、ふわふわにふやかした麺にケチャップをたっぷりとつけた料理です。

スーパーで手に入るママスパゲッティのようなものが日本人が知っているイタリア料理だったんです。

本場イタリアのアルデンテに茹でたパスタは日本人の口に合いませんでした。

客がまったく入らないまま時間だけが過ぎていきます。

たまりかねた落合シェフがオーナーに提言します。

「日本人の口に合う料理をしませんか」

桂さんは言いました。

「おれたちはイタリア文化を紹介しているんだ。日本人の口に合わせた料理にかえてしまっては何の意味もない」

 

それからしばらくたったある日のお昼過ぎ、ホールスタッフが調理場にやってきます。

「客がシェフを呼んでくれといっている」

落合シェフがホールへ足を運ぶと、がらがらの店内のテーブルに一人の外国人が座っています。

目の前に立つ落合シェフをみるなり、外国人は言いました。

「お前じゃない、この料理をつくったイタリア人を呼んでくれ」

「いや、この料理は私がつくったんだ」

「なんで日本人のお前がイタリア料理をつくれるんだ。それならイタリア人オーナーを呼べ」

あらわれた桂オーナーをみて外国人は唖然。

聞くとこの外国人、店に来たのは三度目だと言います。

落合シェフがつくるイタリア料理に満足しているようでした。

外国人が問いかけます。

「なんでこの店には客がいないんだ」

「それはおれが知りたい」落合シェフは答えます。

その外国人は近くのイタリア領事館に勤めるイタリア人でした。

落合シェフは数年間イタリアに修業にいったこと、この店から本格イタリア料理を通してイタリア文化を日本人に紹介したいと思っているというようなことを片言のイタリア語で語りました。

 

この出会いが始まりでした。

突然、たくさんのイタリア人が店を訪れるようになります。

あの時のイタリア人が、イタリア領事館の関係者をはじめ、イタリアの会社の人間に片っ端から声をかけてくれたんです。

つぎにはそのイタリア人たちが仕事で関わる日本人を連れてくるようになりました。

テーブルに運ばれた料理を前に彼らは言います。

「おれの国の料理を食わせてやる」

「パスタは芯を残したアルデンテがうまいんだ」

 

しばらくすると、この店は予約がとれないレストランとして名を知られるようになりました。

 

落合シェフも自身のサイトで当時のことを書いています。

興味を持たれたらのぞいてみてください。

落合シェフ物語

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